『パーフェクト・レボリューション』:障害者同士の恋模様を描くタブーに切り込んだ作品!中盤までの問題提起は心に迫るが、結論の付け方が少々乱暴だと思う。。

パーフェクト・レボリューション

「パーフェクト・レボリューション」を観ました。

評価:★★☆

幼少期に患った脳性麻痺を抱え、手足は不自由にしているものの生き生きしているクマ。セックス好きということから、自身の体験談を著書にして活動している彼の前に現れたのは、そんなおおっぴらなクマの性格に惹かれた人格障害の風俗嬢ミツ。障害という名のもとに、自身の身体や精神だけではなく、社会の様々な障壁にぶつかりながらも、彼らは自分たちの幸せの形を追求をしていく。しかし、そんな彼らの前に立ちはだかったのは、厳しいほどの現実だった。。身体障害者の性に関する支援活動をする熊篠慶彦の実体験をベースにした、彼の友人であるリリー・フランキーら出演のドラマ。監督は「最後の命」の松本准平。

世の中のタブーと呼ばれることはたくさんありますが、こと規制が厳しくなってきた最近のメディア業界で、もっとも取り上げないのが障害者であったり、性の問題であったりする部分。無論、多様性を認めつつある社会なので、公式な見解では障害者であろうが、外国人であろうが、同性愛者であろうが、受け入れられつつある世の中にはなってきますが、本作であるような「障害者と障害者」という困難なものが2つ重なってくると、なかなか正面から議論をするのも(まだ)戸惑ってしまうのも正直なところだろうと思います。作品の評価どうこうの前に、そういう問題を真正面から切り込んでいった姿勢にまずは高評価したいなと思います。

僕自身も障害者ということもあって、障害を抱えている人を苦労を乗り越えている聖人君子のように扱ってしまう社会的な思考は何だかなと時折思ったりします。無論、例えばパラリンピック選手であったりとか、ベットから動けない人でも企業の社長さんだったりする人もいたりして、努力して素晴らしい成果を上げている人もいるのですが、それは別に一般の人であっても、オリンピック選手だったり、ベンチャーの社長さんだったりしている人は努力を重ねている人は注目されるのと同義だと思うのです。ことさら障害を抱えているからということにフォーカスしなくても、努力する人は成果を上げるのは健常者とさして変わりはない。むしろ問題なのはそういう光が当たる部分ではなく、本作が描くような健常者なら普通の営みが様々な制約でできなくなってしまうことが問題ではないかと思うのです。バリアフリーと一言で片付けてしまうのはなんですが、何が当人のために幸せなのか? その問題に向き合うというのは難しいなと鑑賞していて思いました。

障害者同士の恋愛を描いた作品では、ゲリー・マーシャル監督の「カーラの結婚宣言」という作品がよくできています。知的障害者同士の結婚という一大イベントの中で、当人同士だけではなく、彼ら彼女らを支える家族を含めて、どういう幸せの形があるのかを丁寧に描いていました。本作では身体障害者のクマ、そして人格障害を抱えるミツという、単純な凸凹のカップルではハマらない難しい局面に彼らはいろいろと晒されます。こうした問題提起はいいのですが、その結論のつけ方が少々乱暴かなと思ったりします。彼ら同士も、そして周りも傷つきながらも、結局「卒業」のようなラストでよかったのか否か。中盤部までの様々な出来事の描写がいいだけに、物語の終わりまでもうちょっと真剣に向き合ってほしかったなと思わざるを得ませんでした。

次回レビュー予定は、「野良犬」です。

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