『しゃぼん玉』:身寄りもない犯罪者が出会った心が洗われる場所と人々。ありふれた題材だけど、名役者の演技が観るものの心を掴む秀作になっている!

しゃぼん玉

「しゃぼん玉」を観ました。

評価:★★★★

親の愛情を知らずに育ち、女性や老人だけを狙った通り魔や強盗傷害を繰り返してきた伊豆見翔人。彼は人を刺し、逃亡途中に迷い込んだ宮崎県の山深い椎葉村で怪我をした老婆スマを助けたことがきっかけで、彼女の家に寝泊まりするようになる。初めは金を盗んで逃げるつもりだったが、伊豆見をスマの孫だと勘違いした村の人々に世話を焼かれ、山仕事や祭りの準備を手伝わされるうちに、伊豆見の荒んだ心に少しづつ変化が訪れていくのだが。。TVドラマの「相棒」シリーズなどを手がけた東伸児監督による劇場長編デビュー作。

犯罪を犯した男が逃亡していく中で、自身を改心していくような出会いに遭遇するというのは映画、TV問わず、結構ありがちな題材ですが、本作はそうした出会う人々が宮崎のいわゆる限界集落という場所に住んでいる人という設定が何気にいいと思います。どこの地方にも、電車やバスなどのアクセス手段が困難な場所に住んでいる人たちというのはいるのですが、本作ではその場所を一種の桃源郷のような世間とは離れした場所としているのが、主人公・翔人が逃げ込め、かつ自分自身を振り返ることができる安息の場所として描けることに成功していると思います。犯罪映画ではないし、少し趣向が違いますが、マイケル・J・フォックスが主演した1991年の映画「ドク・ハリウッド」に雰囲気が似ているんですよね。あの作品でも、フォックス演じる金儲け主義の美容整形外科医が、事故で足止めをくらった土地の温かい人々に触れながら、お金では手に入れることができないものに気づいていく。今も昔もそうですが、心を洗濯する場所というのは人にとって必要なのです。

それに本作ではそうした心を洗われる場としての限界集落という意味合いではなく、身寄りもなく、愛情も知らず、自分勝手な行動ばかりしてきた翔人の家<ホーム>としての役割も持たせます。村の人々の素っ頓狂な対応に戸惑い、最初は強ぶるものの、こんな自分でも頼ってもらえることに素直に愛情を感じる翔人。やがて、翔人にとって、そういう人たちを一人一人大切にしたいという想いが芽生えてくる中で、過去の犯罪者としての自分と嫌がおうにも向かい合わないといけない現実に直面することになってくる。そうした心の内面の変化をつぶさに描いていく様はなかなか力強いものを感じました。

主人公・翔人を演じるのは林遣都。脇役とはいわないものの、どこか主演で作品を引っ張るには力不足を感じてしまう役者さんでしたが、本作での脱皮ぶりはなかなか良いものを感じました。特に、翔人の犯罪者としての暗い内面が、今の幸せを苦しいものにしていくところなどは演技としてうまく表現できていると思います。それを支えるのは老婆スマを演じる市原悦子の圧巻の演技。彼女もTVとは違い、ここ数年は映画の軸になって演じる役柄はなかなかなかったと思いますが、本作では主役ともいえる準主役級を存在感ある演技を披露してくれています。特に、終盤の翔人との別れのシーンの何とも言えない表情は名シーンですね。ラストはあえて、役者を大きくフォーカスしない絵作りも味わい深くて心に染みる演出だったと思います。

次回レビュー予定は、「百日告別」です。

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