『手紙は憶えている』:これは拾い物の良質サスペンス!ミステリーとしての面白さの背後に、ジワッとする人間の醜悪さも感じられる!

手紙は憶えている

「手紙は憶えている」を観ました。

評価:★★★★

妻を亡くしたことさえ忘れるほど、物忘れが進行している90歳のゼヴ。妻亡き後も、老人ホームで余生を過ごしていたが、ある日、ゼヴと同じくアウシュヴィッツ収容所から生き延びた、体の不自由な友人マックスから1通の手紙を託される。そこには物忘れが進んでいたゼヴが忘れないよう、収容所時代に大切な家族をナチス兵士に殺されたこと、亡くなった妻ルースといつか復讐を誓っていたことが、マックスによってしたためられていた。妻亡き後、約束の復讐を果たすべく、薄れゆく記憶を手紙でつなぎとめながら、ゼヴは復讐の旅に出ていくのだった。。監督は「スウィート・ヒア・アフター」、「白い沈黙」のアトム・エゴヤンが務めています。

最初は観る予定から外していたのですが、偶然に観る機会があって、本当に脱帽したというサスペンスの快作。予告編から、ある程度に物語の結末を予想していたのですが、よい意味で完璧に外されました(笑)。そのサスペンスの展開に触れる前に、本作でまず触れておきたいのは、今まで観たどの復讐劇の中でも、最高齢となる復讐者ということ。普通、復讐にも燃えるシリアルキラーというと、颯爽とした出で立ちで現れ、サイレンサー付きの銃でバッタバッタと華麗に倒していくというイメージなのですが、本作のゼヴは歩くのもままならない。ちょっと居眠りしただけで物忘れをし、まず起きて亡き妻ルースを探し、マックスの手紙で何をしていたか思い出す始末。オマケに、中盤のシーンでは粗相をしてしまったりもする。それでも国境を超えるときは巧みに銃を隠したり、ピアノに向かい合うと華麗に弾いてしまったりもする。実は、こういう手がかってに動いてこなせてしまうところも、物語のキーにもなっているので、サスペンスとしては重厚感を感じたりしてしまうのです。

ネタバレギリギリかもしれないですが、こうした物忘れが激しく、今ある自分が何をしなければいけないかを思い出しながら行動するという設定は、「ダークナイト」のクリストファー・ノーラン監督の出世作「メメント」を思い出します。「メメント」では前向性健忘で直前の記憶を喪失してしまう男の身に起こることを、男の目線で描いた秀作サスペンスでしたが、本作は高齢で、今も昔も記憶全般が靄がかかったようになってしまうというところがミソ。「メメント」では全身に自分が何をすべきかを記録していた男ですが、本作ではマックスの手紙がキーとなっていく。ここまで書くと、筋がいい人はある程度結末が予想できそうですが、その予想があっているかを確かめるのも、本作の楽しみ方の1つのように思います。

それでも単純にサスペンスとしての謎が解決された後も、何か復讐劇全体に嫌な感じが同時に湧いてくるのが、エゴヤン監督作らしいなと思うところです。エゴヤン監督は「スウィート・ヒア・アフター」と、その後の「フェリシアの旅」くらいしか観ていないのですが、人間の心の底に潜む闇みたいなところを、事件という形で表層化させ、事件そのものの顛末と同時に、ザワザワと心が揺さぶられるような人の本性をあぶり出すのが上手いなと思ったりする監督さんなのです。その監督の持ち味が十分に出た本作に、僕は素直に”アッパレ”と言いたくなる作品となっています。

次回レビュー予定は、「われらが背きし者」です。

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