『オマールの壁』:作風は地味な小品だが、リアルな描写が逆に心を揺さぶる!

オマールの壁

「オマールの壁」を観ました。

評価:★★☆

遠く離れた日本でもよくニュースに流れるパレスチナ問題。イスラエルとヨルダンの国境に挟まれる形で存在する、ガザ地区をはじめとした西岸地区とイスラエル国内(もう、この辺りの国境線はあってないようなものですが。。)を隔てるように立つ分離壁。本作は、この分離壁を乗り越えて、恋人に会いにいくパレスチナ青年の恋を描きながら、同時にこの複雑な地域に住む、一人の青年が抱えた苦悩をも描き出すような形の社会派作品にもなっています。監督は「パラダイス・ナウ」のハニ・アブ・アサド。

前も感想文で書いたと思いますが、映画のいいところは1つの物語を映像というフィルターを通しながら、同時に観たこともない世界を追体験出来たり、その世界の中で生きる喜びなり、苦悩なりを感じることができること。本作の描くパレスチナ問題も、一時期は大きくニュースでも取り上げられていましたが、最近の外交の話題はイスラム国などのテロ関連が中心で、遠いこの国の状況というのは少しずつ日本人の記憶からは薄れているのではないかと思います。でも、21世紀に入り、社会はいろんな技術を吸い込みながら、どんどん進化しているように思える現代でも、宗教や人種の問題で、こうした苦悩を抱えながら生きていくことを余儀なくさせられている人もいる。僕自身、ベルリンの壁は壊れても、こうした高い壁に囲まれた状況で生きている人がいるというのも驚きでした。そこを乗り越えて、恋人のもとに足しげく通うオマールは「ロミオとジュリエット」のロミオばり。こうした恋物語をまずフューチャーしていくことで、オマールが抱えるもう1つの問題についてのドラマも活きていくのです。

邦題にもなっている「オマールの壁」の、この”壁”とは物理的には分離壁には違いないのですが、恋人との作る壁、友人との間に作る壁、、、と様々な心理的な壁をも包含していると思います。無論、人間であれば小さい大きい関係なく、誰しもの間に壁を作っていると思うのですが、本作で更にややこしくなってくるのは、イスラエルとパレスチナという2つの国・民族の深い対立がそこに入っていくことでしょう。こうした国・民族の深い対立が、本作ではイスラエル兵殺害事件という形で表層化してしまう。やがて、首謀者の一味として捉えられるオマールが取った選択が、ただでさえ難しい恋人・友人との関係(壁)も更に難しいものにしていくのです。愛情と友情、それに呼応するかのように現れる裏切りと憎しみ。。あまり劇的な描写は少ないものの、かなりリアルな現実界を描いているような作品に仕上がっていると思います。ラストも秀逸に一言。

次回レビュー予定は、「アイヒマン・ショー」です。

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