『スポットライト 世紀のスクープ』:淡々としたシークエンスを積み重ねることで、作品の面白さが活きてくる作品!

スポットライト 世紀のスクープ

「スポットライト 世紀のスクープ」を観ました。

評価:★★★★

地方の新聞記者たちがカトリック正教会のスキャンダルを暴いた実話を、「靴職人と魔法のミシン」のトム・マッカーシー監督が映画化した作品。今年(2016年)のアカデミー賞作品賞受賞作品となります。「大統領の陰謀」のようなジャーナリズムの真髄をいくような作品も久々です。

これを観ていると、アメリカのみならず、欧米各国と日本との宗教観というのが大きく異なることがよく分かります。日本の宗教というのは神仏習合のような典型例があるように、宗教というと土着でかつ、非常に世俗的だと思っています(全ての宗派がそうだともいえないですが)。他方、欧米というか、大陸系の宗教というのは、キリスト教やイスラム教などのような絶対神を定義している宗教は特に、何にでも絶対的なところが芯としてあって、それを外れたものは決して許さない。無論、現代社会では本作で扱うような性的虐待は罪であるし、裁かれねばいけないのですが、それをカトリック教会全体が大きく隠ぺいしてしまうというような一大事に発展してしまうのは、それを文化的に絶対悪だと定義していることに由来しているように感じます。日本だと、そうした行いは”世間体”として許されないという行為になり、発覚した際は、問題の部分を切り離してしまうので大きな陰謀に発展することがあまりない。どちらがいいとはいいませんが、こういうところにも何か文化の違いを感じてしまいました。

そうした映画とは関係ないところは別として(笑)、映画の演出としては非常に固いというか、淡々と調査を進めていく体(てい)の形で物語は進んでいきます。ちょうど、予告編で描かれるような固い形が続いていくと思えば、想像するにたやすいかなと思います。ただ、淡々とした中にこそ、記者たちの心に秘める熱さというのがヒシヒシと伝わってくるところが凄いところ。ちょうど、比較に上げた「大統領の陰謀」も同じような形で、話だけ追うと訳も分からず流れちゃうけど、物語の全体像を把握すると凄いことがよく分かる。本作では、暴かれる側の”カトリック教会での陰謀”のスケール感が大きいので思わず見入ってしまいます。

あと、同じ陰謀を暴くという形でも、記者たちによってアプローチが違うのも面白いところ。現場の記者たちはアプローチの違いだけかもしれないですが、立場が違う編集長、支社長なども同じ陰謀に、違った形で対峙していくのも物語の軸を違う階層で楽しめたりします。かなり玄人好みな作品ではあり、かつ役者のスケールではなく、物語のスケールで魅せる作品なので、好き嫌いが分かれるかもしれないですが、見応え十分な仕上がりになっています。さすが、アカデミー賞受賞作品!!

次回レビュー予定は、「最高の花婿」です。

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