『あゝ、荒野 前編』:暗い時代を背景に、孤独な自分たちの戦いに挑む2人の男。長いドラマではありますが、久々にスクリーンに惹きつけられたボクシング映画!

あゝ、荒野

「あゝ、荒野 前編」を観ました。

評価:★★★★★

2021年の新宿。かつて母親に捨てられた新次は兄貴分の劉輝と詐欺で生計を立てていた。ある日、組織内の裏切りで仲間・裕二の襲撃され、劉輝は半身不随の重傷を負ってしまう。裕二に復讐を誓う新次はたまたま”片目”こと堀口にボクシングに誘われ、行き場のない感情を発散させていく。同じ頃、父親に虐待されて育った健二は、テッシュ配りのバイト中に同じように堀口にスカウトされる。幼き頃のトラウマから、吃音と対人恐怖症に悩む健二は、自らを変えるために同じようにボクシングを始めるが。。寺山修司が唯一残した長編小説を、菅田将暉とヤン・イクチュンのダブル主演で映画化した二部作前編。監督は「二重生活」の岸善幸。

映画の世界において、ハズレの少ないジャンルの作品の1つであるボクシング映画。「ロッキー」はあまりに代表的ですが、近年の邦画でも「百円の恋」という傑作もあり、見逃せないジャンルとなっています。そんなボクシング映画にまた、1つの名作が生まれようとしているなと感じたのが本作。昭和を駆け抜けた歌人であり、シナリオ作家でもあり、ボクシング好きで有名だった寺山修司の唯一の同名小説を映画化した作品となっています。僕はボクシングそのものはあまり好きですはないのですが、ボクシング映画は好きで、スポーツとはいえ、一種の闘いの場の男の決意みたいなところにジーンとくるものがあるんですよね。特にドラマ部分が中心になっている、この前編では新次と健二という2人の男が、自身が抱える負の過去と向き合うべく、自分を越えて強くなっていく決意をしていくところに燃えるところを感じてきます。

原作と違って、2021年という近未来設定にしているのも1つポイントである部分だと感じました。ご存知のように、2020年には東京オリンピックが控えていて、同時に昨今の北朝鮮情勢が不安という現実をみてみても、本作のようにオリンピック後の日本経済の状況や、テロなどの外的脅威、団塊の世代が後期高齢者に突入するなど、もはや高度経済成長の頃とは違う後ろ向きな低成長時代で、これからの日本はどうなるのかという漠然とした不安みたいなものがあると思います。それが本作では奨学金免除の代わりの徴兵か介護職への就職義務化や、自殺サークルなどの描写に表出化している。徴兵制というのは少し行き過ぎかとは思いますが、実体経済とは裏腹に上昇している株価や、SNSでの自殺幇助などのニュースを聞くと、何かこうした社会的な不安が今でも潜在化しているのではないかと思うのです。

そうした不安が表層化した本作のようなディストピア<暗い未来>化した社会において、それとは一種コントラストしたように光っているのが、己の中にある感情を乗り越えようとボクシングにのめり込んでいく新次と健二という2人の若者。彼らは世の中が暗いということとは一種かけ離れた、それぞれ自分たちの戦いをしている。そこに不安な社会を生きている私たちはヒーロー像を見てしまうのです。本作をのめり込んで観てしまうのには、こうした理由がある。彼らの熱き人生の中に、不思議といろいろな人のドラマが惹きつけられていくのです。主役を張っている菅田将暉、ヤン・イクチュンの2人が実にいい。そして、前編に関しては彼らをボクシングに誘う片目を演じるユースケ・サンタマリアの飄々さが実に心地いい。基本的に暗いドラマであるのですが、彼の存在が暗い背景と、熱すぎる2人のボクサーのドラマをつなぐいい潤滑油になっていると思います。

次回レビュー予定は、「僕のワンダフル・ライフ」です。

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