『愚行録』:愚行を重ねる人間たちに降りかかる惨劇。ミステリーとして非常に重厚ながら、細かい芸をも着実に入れ込む秀作!

愚行録

「愚行録」を観ました。

評価:★★★★☆

閑静な住宅街で起きた一家惨殺事件。事件の解決を見ずに、1年が経ち、迷宮入りしようとしていた事件の真相を追う週刊誌記者がいた。彼は被害者の田向浩樹が勤めていた大手デベロッパーの同僚たち、妻・友季恵の大学時代の同窓生たちに取材を重ねていった。そこでの証言を積み重ねていくうちに、理想の家族とされた被害者一家の評判とはかけ離れた実像を目の当たりにしていく。。ポーランド国立映画大学で学び、本作で長編監督デビューを飾る石川慶が、貫井徳郎の直木賞候補作を映画化したミステリー。

非常に重厚なミステリーを楽しめました。「愚行録」という題名のように、本作は人が人に対して犯してしまう”愚行”の数々が描かれていきます。象徴となるのが、いきなり冒頭に描かれる主人公の週刊誌記者・田中が犯してしまう小さな”愚行”。人は愚かだと分かりながらも、人に対して小さな犯行(おこない)をしてしまう。これは心を持った動物だからこそ、自分自身を防御してしまうような防御行為にも思えなくもありません。しかし、その防御行為が相手を攻撃する行為に変わり、相手の心を深く傷つけたとき、その反撃は大きく力を貯めたバネが跳ね返るように自分自身に降り掛かっていく。その惨劇を本作はミステリーという形で、”愚行”のエピソードを重ねながら、核にあるドロドロとした醜いものを暴いていくドラマとなっています。

予告編からも感じられるように、「セブン」さながらの重苦しいドラマが展開されます。特に、前半から中盤部にかけての、田向夫妻が重ねてきた”愚行”がどういった形で惨劇という形で跳ね返ってきたのかを、インタビューを元にした回想形式で組み上げていくのがなかなかいいです。ここに序盤は関係ないだろうと思えた、あるエピソードが重ねられたときに、惨劇の真犯人に向けて急激に謎が解明されていくテンポ感も非常に気持ちいい。それに初監督作で、これだけの作品を組み上げた監督の力量は凄いと思います。何がいいかというと、物語の組み立ての中に”微妙なズレ”というか”ハズシ”の要素があるのです。それは前半部の回想で描かれなかった目線で、そのドラマの中に犯人がどう組み込まれていくかを巧みにあぶり出すだけではなく、真犯人の語りの中のも、ラストで微妙な”ハズシ”を組み入れ、新たに起こってしまう惨劇もいきなりで”ハズされた”感がするのです。この軽妙さには痺れます。

ただ、作品の色合いが決して観ていて気持ちのよいものではないので、少し見る人を選ぶかなと思います。でも、田中を演じた妻夫木聡といい、妹役を演じた満島ひかりといい、彼らのキャリアに一層の厚みを加えた怪演を見せていると思います。

次回レビュー予定は、「セル」です。

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