『皆さま、ごきげんよう』:いつの時代も流れる人間の普遍性を描くイオセリアーニ。本作はちょっと掴みどころがないかな。。

皆さま、ごきげんよう

「皆さま、ごきげんよう」を観ました。

評価:★★☆

いつの時代も闘争と喧騒の中で人々は生きている。時は現代のパリ。アパートの管理人で武器商人の男と骸骨集めが大好きな人類学者は、切っても切れない縁で結ばれた悪友同士。そんな彼らを取り巻くちょっとユニークな住人たち。覗きが趣味の警察署長、ローラースケート強盗団、黙々と家を建てる男、没落貴族、気ままに暮らすホームレス、そしてお構いなしに街を闊歩する野良犬たち。。ある日、街で大掛かりな取り締まりが始まり、ホームレスたちが追いやられてしまうことに。そんな街の緊急事態に人々は立ち上がっていく。。「汽車はふたたび故郷へ」のオタール・イオセリアーニ監督が81歳にして紡ぎ出す人間賛歌。

老練にして軽快。大好きなイオセリアーニ監督作品をいつも観ると、そういう感想しか出てきません。上記のようにあらすじは書きましたが、イオセリアーニ作品は話の筋があるようでない作品。例えると、結構賑やかな街中に出かけると、いろんな人が喋りながら歩いていたり、バスや鉄道に乗っていたり、デパートやお店で買い物していたり、川辺や橋のたもとにたたずんだりしてますよね。僕も好きなのですが、そういう見知らぬ人たちの会話に聞き耳を立てたり、人間観察していたりすると、それぞれのカップル、友人、職場、寄り合い等々で、いろいろな会話があって、ドラマがそこにいる人たち分、存在している。そういういろんな人たちのドラマをカメラで舐めるように進みながら、大きなドラマを組みてていく。イオセリアーニはまさにそうした”動”のカメラワークで、どんどんフィルミングしていくのです。

なので、イオセリアーニの作品は好きな人は好きだけど、ハマらない人にとってはまとまりのない作品に見えちゃったりすると思います。僕も彼の作品の中でも好きなものや、そうでもないものの差が激しかったりするのですが、好きな作品はこうした流れる映像の中にステキなキャラクターだったり、美しい街の風景だったり、奇抜な美術品なり、鉄道やバスなどの乗り物だったりに心惹かれちゃったりもするのです。そういう意味で本作は、パリの街中の、どちらかというと下町(東京でいうと、月島か浅草あたり)の風景を叙事的に捉えていくのです。下町風景なので、アレンの「ミッドナイト・イン・パリ」のような美しい風景が出てくるわけでもなく、主人公の2人のオッサンも面白いけど、愛くるしさみたいのにはイマイチ欠けるかなと思ったりします。それにオープニングの歴史劇も、何だか本編の序章にはふさわしくないように思え、ちょっと虚をつかれた感もしちゃうのです。それでも、黙々と家を建てる男とか、何かちょっと素敵な雰囲気を醸し出すキャラクターも確かにいて、イオセリアーニ感は感じられたりするという、、ちょっと中途半端な出来になっているかなと思います。

ただ、こうした流れるようなドラマの中でも、大きなひと筋の流れ(テーマ)みたいなのを浮かび上がらせるというのもなかなか。ペチャンコになってしまう男など、ギャグ漫画しか出てこないような描写も平気で共存させてしまうなど、イオセリアーニが放つ不思議さには更に虜にもさせられてしまう自分がいます(笑)。

次回レビュー予定は、「たかが世界の終わり」です。

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