『ファントム・スレッド』:才能を開花させてくるミューズと出会ったことから始める崩壊劇。トーマス・アンダーソンの完璧主義には脱帽だが、ちょっと息苦しくも感じてしまう。。

ファントム・スレッド

「ファントム・スレッド」を観ました。

評価:★★☆

1950年代のロンドン。ファッションの中心的存在として脚光を浴びるオートクチュールの仕立屋レイノルズ・ウッドコックは、英国ファッション界の中心として社交界から注目をされていた。ある日、レイノルズは若いウェイトレス、アルマと出会う。自由奔放な彼女の振る舞いに惹かれ、レイノルズはミューズとして彼女を迎え入れるが、それは同時に平穏だった彼の日常に変化をもたらすのだった。悩み、葛藤する2人はやがて究極の愛の形へとたどり着くのだが。。「リンカーン」などで3度のアカデミー賞主演男優賞に輝いたダニエル・デイ・=ルイス主演のラブストーリー。監督・脚本は、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」のポール・トーマス・アンダーソン。

デビュー間もない、「マグノリア」や「パンチドランク・ラブ」の頃は、奇抜で面白い世界観を描く監督かと思ったポール・トーマス・アンダーソンですが、アカデミー受賞作ともなった「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」で、本作とも主演でタッグを組むダニエル・デイ
=ルイスと組んだ以降は、完璧な世界の中で徐々に自身のもつ奇抜さに、逆に溺れていく人々を描くように変容してきたなと、本作を観て改めて再認識させられました。本作の舞台になっているのは、完璧なまでのオートクチュールの世界。そこで成功を収め、職人気質の腕を磨いていた主人公レイノルズは、同時に、その完璧な世界の中で自身でもある壁を感じてしまいます。それはよく芸術家や完璧主義者とかが陥りがちな、自身の力への壁。でも、それはただ別の視点に立つ術を教えてもらえれば、意外に気軽に乗り越えられる壁だったりもするのです。レイノルズにとって、それは若き妻ともなるアルマ。しかし、それは同時に、創作のために静かに過ごしてきた彼の日常の崩壊も意味してくるのです。

本作で再度の引退表明をしているデイ=ルイス。この業界では引退宣言はあまり当てにならないので、彼もいつかはまたスクリーンに戻ってくると信じていますが、アカデミー主演男優賞3度を数える名優の演技は、本作のために仕立て屋に修行に出、所作だけではなく、実際にデザインを起こしたり、仕立てたりする作業をもこなせるようになったという器用さは、演技としての凄みとして、彼のプロ意識の高さをも感じさせる作品となっています。正直、物語の後半はこういう展開になるとは予想していませんでしたが、年の離れた、幼い妻アルマの存在がどんどんと大きくなり、夫婦としてのパワーバランスが見事なまでに逆転していく様は、面白いというより、末恐ろしいと感じるご夫婦、カップルも多いハズ(笑)。仕事人間で、家庭を顧みていない貴方には胸が痛くなるお話かもしれません。

ただ、トーマス・アンダーソンのこの完璧主義へのこだわりは、同時に少し息苦しさをも感じるのも確か。「マグノリア」の最後で驚く息抜きをさせたように、もっと大胆な抜けがあると、もう少しリラックスして見れると個人的には思ってしまうのですが。。

次回レビュー予定は、「さよならの朝に約束の花をかざろう」です。

コメントを残す